友人Kとの架空の別れ酒
「そーいえば、お前ってなんでM先輩と別れたんだっけ?」
酔いが回って思いついたままに長年の疑問を口にすると、Kは大げさにむせた。
「……ずいぶんと昔の話を掘り返しますねぇ?」
「さあて、自業自得じゃないですかね」
「今でもS子先輩に未練タラタラな誰かさんと違って、こちとらあの時にすっぱり終わった話なんですが」
「そう、それよ」
一旦言葉を切って正面のKを見据える。顔が真っ赤になっているのは、体質のせいらしい。アルコールに特別弱いわけではなく、身体が反応するのが早いだけなんだとか。
「なんであんなにすっぱり別れたん?」
高校からの付き合いで大学も一緒だったKは、妙に馬が合うやつで、僕にとっては数少ない腹を割って話せる同い年の友人である。だから、彼の高校時代の「恋愛譚」は他の人よりも詳しいところまで知っている、はず。
高校2年当時、Kには同じクラスに彼女がいた(ちなみに僕も同じクラスだった)。仮にAさんとしよう。KとAさんは、クラス替えの直後から半ば公然の仲となっていて、Kが真面目な顔で「Aと付き合うことになった」などとのたまった時は、誰もが今更過ぎてあきれたほどだ。はた目から見ていてもすごくお似合いで、文化祭のベストカップルにノミネートが噂されていた、そんな二人だった。
ところが、(公式に)付き合い初めて1ヶ月が過ぎたある日、KはAさんを一方的に振った。理由は、Kの心変わりだった。
「『心変わり』とは心外な。実際、俺はAよりもM先輩のほうが好きだったんだからな。むしろ本来あるべき道に戻った、もう『純愛』とすら言えるだろう?」
大仰な身振りで芝居がかったことを言うさまは、事情を知っているだけに滑稽だった。Aさんのことをつつくといつもこうだ。高校時代は半分くらいは本気でそう考えている節があったが、今僕の目の前にある自嘲の笑みにはあからさまな後悔が透けて見える。
実は、Kは1年生のころから、親しくしていたM先輩に「片想い」をしていた。学年が上がるころにその「片想い」が実らないと踏んだKは、それと同じタイミングで急速に親しくなっていったAさんといい関係になり、付き合うまでになった。そしてM先輩はその件でKをイジり倒し、Kも開き直って惚気話をしていた。周囲はそれを当人たちの持ちネタとして笑って見ていた。
ところが、「あることがきっかけで」、KはM先輩のことが未だに忘れられない自分に気が付き、その場の勢いで気持ちをぶちまけてしまった。そして、実は両想いであったことが判明してしまう。想い人に惚気話を聞かされ続けた鬱憤がたまっていたM先輩も自分の感情を抑えきれなかったのだ。予想外の告白に直面したKは、「苦悩」の末にM先輩の手を取ったのである。
「話を戻すけど、あれだけの経緯があったのに、なんであっさり別れたん?」
「簡単な話よ。価値観が絶対的にかみ合わないとわかったから」
「……もうちょい詳しくプリーズ」
「M先輩に振られた時な、メール1通で済まされたんよ」
「それは聞いた。気持ちはわからんでもないけど、きょうび珍しいことでもあるまいに」
「先輩も同じように考えたんだろうな。でも、それが決定的だった」
Kの表情が一気に険しくなる。
「俺は、直接顔も合わせずに告白するとか振るとか、それだけは絶対にありえないしあってはいけないと思ってる。面前で断られる覚悟もない告白なんて、はっきり言ってそんなものは自慰だ。別れを切り出すならなおさら、相手と直接向き合わずに済ませていいものじゃない。この手の話は、先輩にも何度もしていたつもりだった。それに、――これはお前には言ってなかったけどな、Aと別れる時は、缶のペンケースを至近距離で思い切り投げつけられた上に渾身の顔面グーまでお見舞いされたんだぜ?」
……あのAさんがそんなことを?
「そりゃ、自分を好いてくれる人に『別れてほしい』なんて伝えるのはツラいさ。でもな、当たり前だけど、言われるほうはその何倍も、何十倍もツラいんだ。別れを切り出す側は、絶望に染まった表情を直視して、グーとかパーぐらいは甘んじて受けなきゃいけない。その程度の覚悟もなしに――と、我ながらだいぶクサいことを言っているな」
「……」
「まあ、普通に考えても、2年近く付き合ったのにメール1通でサヨナラじゃ100年の恋も醒めるし、粘って付き合い続けても早晩ダメになるのが目に見えてるって話でしょ。ほら、俺って現実主義だから、無駄な抵抗はしないっていうか」
Kは妙に饒舌になり、僕はしばらく黙って聞いていた。二人とも酒がまわってきたんだろう、たぶん。
「……S子先輩さ、ちゃんと目を見て振ってくれたんだろ?」
「……ああ」
「それなら引きずってもしょうがないよな」
Kは一人で納得した顔をして手酌した。
「だから引きずってないっての」
知ってはいたが、人の話を聞かないやつだ。