架空の森

ろくなことなんて、書けるわけない。そんな日常。

N先生との架空の禅問答

「愛ってなんですかね?」

二人で飲んでいてなんとなく思いついた質問に、N先生は意外そうな顔をした。

「急にどうした。S子となんかあったのか?」

「んな大昔の話を蒸し返さないでくださいよ。いい加減吹っ切れましたし、今現在僕の身辺が綺麗サッパリなのは先生もよくご存じでしょうに。ただの世間話ですよ、世間話」

「なんだ、つまんね」

そう口では言いながら、楽しげな表情を浮かべている。昔っからこの人はこの手の話が好きなのだ。

「これは俺の友人の友人の話なんだがな」

「…拝聴しましょう」

友人の友人、ねぇ。

「あるところにA男とB子という仲睦まじい夫婦がいたそうだ(少なくともA男はそう思っていた)。ところがどっこい、B子はC助って間男と『真実の愛に目覚め』てしまって、書置き一つ残して8時ちょうどのあずさ2号で旅立ってしまったのさ」

「あれってそういう歌でしたっけ」

「細かいことは言いっこなし。――で、A男は悲嘆にくれる。何年も連れ添った最愛の人に裏切られた。そのショックのあまり食事もなかなか喉を通らず、あっというまに激痩せ。それを見かねた幼馴染のD美が世話を焼きはじめる」

それなんてエロゲ

「とにかく、A男は立ち直り、支えてくれたD美とはお互い想い合う関係になり、二人は幸せな日々を送りましたとさ」

「ベタですね」

「と思った矢先、C助に捨てられたB子が帰ってくる。B子曰く『私が本当に愛していたのはあなただったの』と」

「ベタですね。家族法判例集あたりに載ってそう」

だいたい、『真実の愛』とやらは一体どこへ行ったんだ。

「……A男は、B子を選んだんだってさ」

N先生は手元のビールを一気にあおった。何となく目をそらして訊ねる。

「それで、愛ってなんなんですか?」

「それをピタリと表現できたら、芥川賞を飛び越えてノーベル賞間違いなしでっせ、お若いの。だけど、強いて言うなら……躊躇わないこと?」

さっきの話からすればどっちかというと「悔やまないこと」なんじゃないですかと喉まで出かかったけど、それもちょっと違うかもしないと思い、黙ってコップに手を伸ばす。

兎にも角にも、酔ってる上に寝不足の頭ではいくら考えてもわからなそうだ。