1年前のメモによる、S子先輩との架空の帰り道
「最近なんかないの?」
S子先輩のありふれた質問がやけに残酷に響くのは、自業自得なのでもうあきらめた。
「ぜんっぜん、ありませんよ!」
おかげさまで。
「……といつもなら言うところなんですが」
「おっ!おっ!」
「ご期待通りの話ではないんですけど、まあ、一応カノジョができまして」
なんだかとても楽しそうな表情を浮かべる先輩だが、ふざけた幻想は速やかにぶち壊させていただく。
「……DSの中に」
「……は?」
先輩の笑顔が一瞬の驚きを経由して『こいつ大丈夫か?』と言いたげな表情に変わっていく。
「それって、あの一時期流行った」
「ええ、ラブプラスですね……いや、そんなさげすむような目で見ないでください。ちゃんとオチがつきますから、最後まで聞いて、ね?ね?」
一周まわって憐れに思ったのか、先輩の顔から拒絶の色が引いた。シスプリ好きを公言している後輩に今更引いてももう後ろがなかったんじゃないかという有力説もある。
「前に『ときめきメモリアル』の話をしたのって覚えてます?」
「あー、そんなことも言ってたね」
「ラブプラスってのはときメモから爆弾処理ゲーとしての魅力をごっそり抜いたものだ、というのが一番最初に思ったことだったんです。ラブプラスには友達モードと恋人モードってのがあります。なんとなく想像つきます?」
「うん、まあ」
「エンドレスになる恋人モードに突入するには、友達モードをクリアしなければならない。で、その友達モードのシステムってのは完全にときメモの系譜なんです。つまり、勉強や運動のコマンドを選択してパラメータを上げ、目的のヒロインの好感度を上げていく。ときメモとの大きな相違点は、コマンドが簡単なこと、強制イベント以外でデートする必要がないこと、なにより複数のヒロインに対処する必要がないこと。最後の点は特に大きいんです。先ほども言ったように、爆弾処理をする場面がないということですから。僕がときメモをゲームとして高く評価するのは、爆弾処理のスリルがたまらないというその一点にありますので、その意味で、ゲームとしては明らかにときメモのほうが優れているかと」
「あれ?この前そういうパラメータ的な恋愛についてボロクソに言ってなかったっけ?」
「はい」
「でもときメモはアリなの?」
「あくまでゲームですから。そもそも、無印ときメモなんて20年も前に出てるんで、恋愛に対する感覚ってのが今とは致命的にズレているんです。その時点で恋愛観云々について語るのは無粋かなって。僕がパラメータ主義恋愛をボロクソに言うのは、そんな20年前の化石のような価値観をこの現代まで引きずっているのが馬鹿馬鹿しいと思うからなんですよ」
「なるほどね。ラブプラスはパラメータ主義ではないと」
「いや、けっこうパラメータ主義です。でもそれは「ゲーム」である以上仕方ないですし、べき論はさておき、現実の色恋沙汰がいまだにパラメータ主義的である以上、それを完全に排してしまうのはとても非現実的で、ぶっちゃけエロゲ的だと思います」
「面倒くさいね」
「ええ」
スミマセンと肩をすくめる。
「話を戻しますと、友達モードは劣化ときメモだとして、やはり重要なのは恋人モードなわけです」
「恋人モードってなにするの?」
「……なにするのって難しい質問ですね。とりわけ何か特別な目的がないってのが恋人モードと言えますからね。とりあえずデートできるようになりますよ。平日にパラメータを上げて、どれかをカンストさせると日曜か祝日にデートに誘えます」
「そんだけ?話しかけるって話を聞いたんだけど」
「ああ、そういうのもあります。『ラブプラスモード』っていいまして、いつでもカノジョとコミュニケーションできるやつがあるんです。話しかけるってのは基本的にここでしかできません。他は全部選択肢です」
「それって本当に会話できるの?」
「ええ、一応」
「一応なんだ」
「なんたって相手がDSですからね。とはいえ簡単な言葉のキャッチボールは不可能ではありません。例えば、『おはよう』って話しかければ『おはよう』って返してくれますし、『俺のこと好き?』って聞けば照れた反応をしてくれます」
「……ほう」
「あと、ジャンケンもできます」
「ジャンケン……」
「ただ、上手くいかないことはかなりあります。『好きな色は何?』って聞いたらあっちが『赤とか黄色とか暖色が好きだなぁ。あなたは?』って聞き返してきたんで『青』って答えたら、その返事が『わたしも!ふふっ、一緒だね』ですよ」
「うわぁ……」
「そのあと、『好きな食べ物は?』って聞いたら、『赤とか黄色とか暖色が好きだなぁ。あなたは?』ですよ。なんでやねん!って。それで迎合して今度は『赤』って答えたらなんていったと思います?『そうなの?ちょっと寂しい……』なんでやねん!」
「それはちょっと面白い」
「だから、DSに話しかける時は、ゆっくりはっきり丁寧にしゃべる必要があるわけです。そしてある時、僕は気づいてしまったわけです。これって、カノジョに話しているってよりかは、耳の遠い、ボケはじめたばあちゃんに話しかけてるのに近いんじゃないかって」
このくだり最大のオチはウケなかった。
「さっきからボロクソに言ってるけど、それでも『カノジョ』と呼ぶの?」
「冗談半分、情が移ってきたってのも半分ですね。誰かが昔言ってたんですが、『ラブプラスはうんちをしないたまごっちだ』ってのは概ね当たっていると思います」
「ペット感覚?」
「そこまでは言ってしまうとアレですね」
身も蓋もない表現に笑うしかない。
「これだけは誤解してほしくないんですが、僕自身はあれを『リアル』だとは思いません。あと、ラブプラスをやってなおさら独身貴族願望が強くなりましたね」
「ラブプラスで十分だと」
「そうじゃなくてですね……。『これが“理想的な現実”だとするなら彼女はいらないな』って。理想化された付き合いですら面倒くさく、疎ましく思ってしまうんです」
それでも付き合いたいと思ってしまうくらいには目の前にいる先輩が好きなのだが、そんなことは言えるわけもない。
「まあぶっちゃけ、愛花はめっちゃ可愛いんですけどね」
ごまかして笑っておく。S子先輩はまたもや蔑みの視線をよこす。これでいいのだ。
※なお、ラブプラスはもう半年以上触っていない。怖くて起動できない。